第1章 4.火の神カグツチ

たくさんの神さまを生んだイザナギとイザナミ。

どれだけ子供を生んでも、ひとつひとつの命が奇跡みたいなんだってことには変わりがない。イザナギとイザナミは、毎日毎日幸せだった。

だけど、まだ世界は完璧にはならない。

ほかにどんな神さまがいればいいんだろう。

次はどんな神さまが生まれるんだろう。

もし、もしも火の神がいれば、人間の暮らしが楽になる。そう思っていた頃、イザナミは、小さな赤ちゃん、火之迦具土(カグツチ)を産んだ。

だけど、火の神さまは、小さくたって火の神さま。真っ赤に燃えさかるカグツチは、生まれ落ちるときに、母であるイザナミの身体を焼きながらでてきてしまったんだ。

ひどい火傷を負ったイザナミは、そのまま倒れてしまった。

―もうこれで命が終わってゆくのね。

 

 

そうさとったイザナミは、この世界のために最後の最後まで神さまを生もうとした。

嘔吐おうとにも命を込めた。生まれ出たのは鉱山の神さま、金山毘古かなやまびこ金山毘賣かなやまびめ

排泄物にも命を込めた。土の神さま、波邇夜須毘古はにやすびこ波邇夜須毘賣はにやすびめ

尿にも命を込めた。田んぼや畑の水の神さま、彌都波能売みつはのめ

それから、のちに食べ物の神さまである豊宇気毘賣とようけびめを生むことになる、“食べ物が生まれてくること”の神さま、和久産巣日わくむすひ

命の限り子供を産んで、ついにイザナミはその命を終えた。亡くなってしまったんだ。

 

 

生まれた時からずっと一緒にいた存在。誰よりも愛しいついの神を失ったイザナギは泣き狂った。

「イザナミを、たったひとりの子供と引き換えに失ってしまうなんて」

少し前まであんなに元気だったのに。変わらない日々が続くと思ったのに。

イザナギは、イザナミと一緒に寝ていた布団に腹這はらばいになって、泣いて泣いて、泣いた。

その悲しい涙からは、雨の神さま、泣澤女なきさわめが生まれた。

 

 

イザナギは、亡くなったイザナミを、出雲国いずものくに伯伎国ははきのくにの間にある、比婆ひばの山にほうむった。

涙が尽きてくると、今度は怒りが湧いてきた。

カグツチを産まなければ、イザナミはまだ生きていたのに。

怒りは怒りを呼ぶ。抑えきれない怒りを呼ぶ。

―妻を奪うなんて、許せない。

怒り狂ったイザナギは、腰に下げていた長い十拳剣とつかのつるぎをつかみ、ふりあげ、そのままカグツチの首をり落としたんだ・・・。

 

 

イザナギが我にかえった時、十拳剣とつかのつるぎは血に染まっていた。

その剣のきっさきについた血が、たくさんの岩に飛び散っていて、驚くことに、そこからもまた、神さまが生まれていた。岩をくほどの力をもつ石折いわさく根折ねさく。岩石の神さま、石筒之男いはつつのを

十拳剣とつかのつるぎ根本ねもとについた血も、岩に飛び散っていた。そこから、いかめしい火の神さま、甕速日みかはやひ樋速日ひはやひが生まれていた。力強い神さま、建御雷之男たけみかづちのをも生まれていた。

十拳剣とつかのつるぎ、手で握っていたところから流れ落ちた血からは、谷の雨をつかさどる龍神りゅうじん闇淤加美くらおかみと、谷の水の神さま、闇御津羽くらみつはが生まれた。

 

 

イザナギは殺してしまった我が子に駆け寄った。

その頭からは正鹿山津見まさかやまつみが、胸には淤縢山津見おどやまつみが、お腹には奥山津見おくやまつみが、下半身からは闇山津見くらやまつみが、それから左手からは志藝山津見しぎやまつみが、右手からは羽山津見はやまつみが、さらに左足からは原山津見はらやまつみが、右足からは戸山津見とやまつみが、生まれてきた。

イザナギは、カグツチにこめられていた命について考えた。

たくさんの神を生み出すほど、力強い生命力をもっていた幼いカグツチ。

イザナギはまだ血が乾かない十拳剣とつかのつるぎを、天之尾羽張あめのおわばりと名付けた。

この日のことを忘れないように。

それから、カグツチから生まれた神さまたちが、どんな神さまなのかを考えた。

その答えは誰にも言わなかった。