たくさんの神さまを生んだイザナギとイザナミ。
どれだけ子供を生んでも、ひとつひとつの命が奇跡みたいなんだってことには変わりがない。イザナギとイザナミは、毎日毎日幸せだった。
だけど、まだ世界は完璧にはならない。
ほかにどんな神さまがいればいいんだろう。
次はどんな神さまが生まれるんだろう。
もし、もしも火の神がいれば、人間の暮らしが楽になる。そう思っていた頃、イザナミは、小さな赤ちゃん、火之迦具土(カグツチ)を産んだ。
だけど、火の神さまは、小さくたって火の神さま。真っ赤に燃えさかるカグツチは、生まれ落ちるときに、母であるイザナミの身体を焼きながらでてきてしまったんだ。
ひどい火傷を負ったイザナミは、そのまま倒れてしまった。
―もうこれで命が終わってゆくのね。
そう悟ったイザナミは、この世界のために最後の最後まで神さまを生もうとした。
嘔吐にも命を込めた。生まれ出たのは鉱山の神さま、金山毘古と金山毘賣。
排泄物にも命を込めた。土の神さま、波邇夜須毘古と波邇夜須毘賣。
尿にも命を込めた。田んぼや畑の水の神さま、彌都波能売。
それから、のちに食べ物の神さまである豊宇気毘賣を生むことになる、“食べ物が生まれてくること”の神さま、和久産巣日。
命の限り子供を産んで、ついにイザナミはその命を終えた。亡くなってしまったんだ。
生まれた時からずっと一緒にいた存在。誰よりも愛しい対の神を失ったイザナギは泣き狂った。
「イザナミを、たったひとりの子供と引き換えに失ってしまうなんて」
少し前まであんなに元気だったのに。変わらない日々が続くと思ったのに。
イザナギは、イザナミと一緒に寝ていた布団に腹這いになって、泣いて泣いて、泣いた。
その悲しい涙からは、雨の神さま、泣澤女が生まれた。
イザナギは、亡くなったイザナミを、出雲国と伯伎国の間にある、比婆の山に葬った。
涙が尽きてくると、今度は怒りが湧いてきた。
カグツチを産まなければ、イザナミはまだ生きていたのに。
怒りは怒りを呼ぶ。抑えきれない怒りを呼ぶ。
―妻を奪うなんて、許せない。
怒り狂ったイザナギは、腰に下げていた長い十拳剣をつかみ、ふりあげ、そのままカグツチの首を斬り落としたんだ・・・。
イザナギが我にかえった時、十拳剣は血に染まっていた。
その剣のきっさきについた血が、たくさんの岩に飛び散っていて、驚くことに、そこからもまた、神さまが生まれていた。岩を裂くほどの力をもつ石折と根折。岩石の神さま、石筒之男。
十拳剣の根本についた血も、岩に飛び散っていた。そこから、いかめしい火の神さま、甕速日、樋速日が生まれていた。力強い神さま、建御雷之男も生まれていた。
十拳剣の柄、手で握っていたところから流れ落ちた血からは、谷の雨をつかさどる龍神、闇淤加美と、谷の水の神さま、闇御津羽が生まれた。
イザナギは殺してしまった我が子に駆け寄った。
その頭からは正鹿山津見が、胸には淤縢山津見が、お腹には奥山津見が、下半身からは闇山津見が、それから左手からは志藝山津見が、右手からは羽山津見が、さらに左足からは原山津見が、右足からは戸山津見が、生まれてきた。
イザナギは、カグツチにこめられていた命について考えた。
たくさんの神を生み出すほど、力強い生命力をもっていた幼いカグツチ。
イザナギはまだ血が乾かない十拳剣を、天之尾羽張と名付けた。
この日のことを忘れないように。
それから、カグツチから生まれた神さまたちが、どんな神さまなのかを考えた。
その答えは誰にも言わなかった。