ある日、イザナギとイザナミは天の神さまたちに呼ばれたんだ。別天つ神とよばれる、天の神さまたちに。
そうして「この漂っている国を治めるように」と言われた。「ちゃんと作り固めるのだぞ」ってね。
だってこの時、世界はまだ今みたいに固まっていなかったから。
天の神さまたちは、イザナギとイザナミに、天の沼矛をくれた。矛っていうのは、長い長い柄の両端に刃を取り付けてあるものなんだけど、天の沼矛は、きらきら光る美しい玉で飾られている特別なものなんだ。
イザナギとイザナミは、これを使えばなんとかなりそうだぞ!って思ったんだろう。
天の浮橋から、この天の沼矛を地上にむけてゆっくりとおろしたんだ。
ねぇ、想像してみてよ。まだ固まっていない世界。ゆらんゆらんぽわんぽわんと漂っている世界。そこに浮いているように弧を描いてかかっている橋。
その上から、イザナギとイザナミは天の沼矛で世界を慎重にかき回し始めた。
かき回すっていっても、ぼくたちが卵をかき回すのとはワケが違う。
大地の元をかき混ぜているんだ。
だからイザナギとイザナミは、とっても真剣に、一生懸命、それでいて優しく、天の沼矛を動かした。
するとどうだろう。
すこしずつ固まってきた世界が、音を鳴らし始めたんだ。
海が こおろこおろ と歌っている。イザナギとイザナミは顔を見合わせて、天の沼矛をそっと引き揚げた。その時、矛の先から滴がしたたった。
固まり始めた海が、ぽつりぽつりと積み重なって、島になった。
滴が、島になった。こおろこおろと鳴った時にできたその島は、淤能碁呂島という。
せっかく島ができたのだから、イザナギとイザナミは天上界を離れて島に行くことにした。
天上界でもっと過ごしていたい気持ちもあったけれど、新しいことをするのだもの。ためらってはいられない。
イザナギとイザナミは島に降り立って、はじめに天の御柱と呼ばれる大きな大きな柱を建てた。それから、八尋殿と呼ばれる広い広い御殿も作った。新しい場所に家ができて、やっと落ち着いたから、食事もして、疲れた身体を癒すのに水浴びもしたんだろう。
イザナギがふと、イザナミにこんな質問をしたんだ。
「その……、身体ってどんな風になってる?」
男神と女神。似ているのに違う。その違うところが気になったんだ。
イザナミは「成り成りて成り合わざるところ一所あり」と言った。
つまり「私の身体には足りないところがあるみたい」って。
イザナギはこう言った。「成り成りて成りあまれるところ一所あり」
つまり「この身体には、あまっているところがあるみたいだ」って。
それから「足りないところと、あまっているところを組み合わせたら、国が生まれるんじゃないかな」って言ったんだ。イザナミも賛成したから、早速取り掛かることにした。
「じゃあ、まずは天の御柱をぐるっと回ってから、みとのまぐわいをしよう」ってイザナギが言った。
イザナミは右から、イザナギは左から、大きな大きな天の御柱をまわる。そうやって柱の向こうで出会い直し、夫婦として愛し合おうって約束したんだ。
今でいう結婚式みたいなものだ。
イザナギとイザナミは、この世界に現れた時からずっと一緒だったもんね。あらためて相手を見つめ直して、気持ちを確かめ合うことも大切なのかもしれない。
だけど、天の御柱を回る時に思いも寄らない問題が起きてしまった。
柱の向こうで出会い直した時、イザナミの方が先に口を開いたんだ。
「あぁ、なんて素敵な男性なのでしょう」って。
それからイザナギが「なんて素敵な女性なのだろう」と言った。
だけど、言いながらイザナギはこう考えていた。この世界に現れた時は、自分が先だったから、もしかして今回も同じ順番の方がよかったのかもしれない。そうしてイザナミにもこう言った。もしかしてさ。「きみが先に言ったのは良くなかったのかもしれない」って。
だけど、もうどうしようもなかったし、そもそも間違っているのかもわからなかったから、イザナギとイザナミはそのまま一緒に眠って、正式に夫婦になったんだ。
足りないところとあまっているところ組み合わせたら、国が生まれる。
イザナギの予感は当たっていて、イザナミはじきに子供を産んだ。
だけどもうひとつの予感もあたってしまった。生まれた子は、背骨のないぐにゃぐにゃとした子供だった。イザナギとイザナミは、なにも言わずにその子を抱きしめた。この子は国にはなれない、ここでは生きられない、そう分かってはいたけれど、せめて名前をあげたかった。水蛭子(ヒルコ)と名付けた。
もしかしたら、ほかの場所なら生きていけるかもしれない、イザナギとイザナミは、祈りながらヒルコを葦の船に入れて海に送り出した。泣いた。
しばらくして、次の子供が生まれた。この子も、国にはなれなかった。淡島と名付けた。また、泣いた。
ヒルコと淡島を失って、イザナギとイザナミは、当たり前のように子供は生まれるのだと思い込んでいたことに気がついた。そうじゃなかったんだ。神さまだからと言って、子供が簡単に授かるわけじゃない。命って、誰にとっても奇跡なんだ。